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地竜謁見 (11)

シーケンは、カーディアの方には振り返らず、悪態の声を張り上げた。アンタラスを相手にしてのそれではなかった。彼の目線の先には、案の定スペルハウラー プリキオスが魔法書を広げたまま立っていた。

一方プリキオスは、自分が救い出したシリエンナイトを完全に無視していた。彼が呪文を暗誦して、指でアンタラスの頭を示すと、緑光を含んだ風が竜の頭を包んだ。

一人がアンタラスの後足にぶら下がっていた。エルブンソードの柄を口に咥えたエルフの女だった。彼女は左手を鱗の間にひっかけ身を支えたまま、もう片方の手で剣を取った。膝の内側の柔らかい部分に、彼女は剣を刺し入れた。アンタラスが足を振り回すと、彼女はかなり遠い距離を飛んで地底に倒れ転び気を失った。

これらのことが起きている間、リアン枢機卿とその随行人は、負傷した騎士たちを1ケ所に集めて光の神に祈りを捧げていた。普段の枢機卿は、今にも倒れそうなほど息が絶え絶えで、思い通りに動くことさえできない年寄りだったが、神に祈りをささげる時だけは例外だった。祈る時の彼女は、光の神殿に立てられた星霜のように大きく堂々と見えた。
祈祷が終わると、死骸のように横たわっていた幾多の騎士たちが、体力を回復して自力で立ち上がった。彼女の治癒は、死地にいた防御陣の負傷者達さえ回復させていた。

アンタラスの開けた口に、赤い光と共にに岩が現れ丸く固まり回転し始めた。
アンタラスは枢機卿と騎士たちの方に頭を回した。

完全に力を取り戻した騎士たちは、その場を避けることができたが、騎士たちの中にはまだ避ける事ができる程回復していなかった人々が多かった。恐怖に怯えた若い騎士に向けて、枢機卿はにこりと微笑んだように見えた。

「アインハザードは偉大です」

リアン枢機卿は、アンタラスに向けて後ろ向きになった。誰かが、彼女の脇を抱えて助け出そうすると、枢機卿はどこからそんな力が湧き出たのか、騎士たちの方へ彼を押し退けた。彼女はアンタラスの方にむしろ一歩一歩近付いた。

アンタラスが赤く盛り上がった岩塊を吐き出した瞬間、枢機卿は杖を握った手を力が強く伸ばした。地竜のドラゴンブレスは、彼女によって遮られ、騎士達のところまで辿り着くことはできなかった。

騎士達だけではなく、魔術師、エルフ、ドワーフ、ひいてはダークエルフたちさえ光の神の名前を叫んで歓呼の声をあげた。しかし、リアン枢機卿は言葉を発することができなかった。彼女はアンタラスに杖に向けたそのままの姿で、その場に立っていた。石になってしまったのだ。次の瞬間、アンタラスが前足を振りはなすと枢機卿の姿をした石像は、こなごなに散らばった。

カーディアの口から、血と殺戮を渇望する叫びが迸り出た。
地竜の咆哮が巣中にこだました。今度は誰も逃げなかった。神、領地、騎士団...各々自分が名誉をかけている対象の名前を叫んで、地竜の血を貪った。


「オイ!」

シーケンが自分に駆けて来るのを見たカーディアは、彼が何を言わんとしているのか気付いた。彼女は、駆けて来たシーケンを受けとめ、力の限り頭上へ投げてやった。
しばらくアンタラスの脇腹にぶら下げる形になったシーケンは、身を翻してその背中に立ち上がった。アンタラスが続いて身体を振るわせたが、彼は斧のように伸び出たアンタラスの鎖骨を伝って、刃の様な鱗が無数に逆立っている首に乗りこんだ。


「...!」


竜が再度吠えた。シーケンは聞こえたそぶりも見せず、何度も何度もアンタラスの首に剣を振り下ろした。兵士らの叫びとアンタラスの咆哮、地響きが一ヶ所に集まって、この世の中のものとは思えない音を作り上げていた。

アンタラスはもう一度、燃え盛る岩を吐き出した。今度は大きい被害を被っていなかったレンジャーたちが目標だった。ヒーラー達は、アンタラスのすぐそばにまで近付くという危険を冒してまで、負傷者たちの治癒に当たった。
若い騎士の槍が腹を突き通した瞬間、アンタラスが大きく首を奮った。シーケンは空中に放り出されたが、猫のように巧みに身を取り直して、地竜の頭の上へ下りた。

シーケンは剣を握り直した。


「楽しかったぞ、兄弟」


青い光を称えたファントムソードはアンタラスの目と目の間へ突き刺さった。
アンタラスは身を揺るがして、二本の足で立ち上がり、奇妙な叫びを上げた。


「避けろ!」

遠征隊員たちは、アンタラスの攻撃を警戒して四方へ散らばった。
アンタラスの前足が振り落ちた。彼は、つまらない低俗な生物たちに対する怒りと、理解し難い恐怖を感じていた。その奇妙な声が果てしなく続いた。彼は身悶えした。土埃が立ち上った。今までとは違い、今度は土埃がますます濃くなった。
隊員たちは目を覆わなければならなかった。 カーディアは何が起こっているのか分からなかった。

地が震えて、アンタラスは泣き叫んだ。


「待て!」


咆哮の中に知っている声が混じった。


「待ちなさい、アンタラス!」


忘れることが無さそうな声だった。


「プリキオス!」

シーケンが叫んだ。アンタラスが泣き叫ぶのが急に止まった。プリキオスの声だけがずっと続いた。それはカーディアが一度も聞いた事がない言語だった。シーケンが、死に物狂いで大声を出した。

「本は!エルカーディアはどこにいる、プリキオス!」



そして急に静かになった。

埃が沈んだ後、その場に竜の姿は見えなかった。

洞窟をいっぱい満たしていた巨大な生物が嘘のように消えると、遠征隊員たちは少しずつ我に返った。一番初めに動いたのはドワーフたちだった。彼らは、地竜が現われた穴をあっちこっち覗いてから叫んだ。

「金だ!金貨が山のように積もっている...!」
「何だ?」
「本当に?」

遠征隊員たちは猫も杓子もなく皆ドワーフ周りへ集まって来た。
ヒーラーたちは生き残った負傷者たちの治癒を始めた。

シーケンは剣を投げつけ、周辺を見回していた。
既に予想していたが、やはりスペルハウラー プリキオスの姿はどこにも見当たらなかった。彼は、最後の瞬間アンタラスが立っていた場を、つま先でガツガツ蹴飛ばして一人きり考え込んでいた。彼は、もし親切なドワーフがシャベルを握らせてくれたなら、すぐにでも土を掘り始めそうな表情だった。

(あのシリエンナイトは、どうしてそこまで執拗にプリキオスを追っているのだろう...)

カーディアはそれを知りたかったが、今尋ねても答を聞くことはできないだろうと確信していた。彼女は周りをもう一度見回した。主人を無くしてしまった竜の巣...
初めて勝利したという実感を少しずつ感じ始めた。


▲ 地竜謁見 (10)
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